全関東ダートトライアル選手権観戦記 〜天空を駆けるスターレット〜   

(昭和43年度 瀬戸記)

1.那須へ

自動車部 OB といいながらフィギュア、ラリー以外を観戦したことが無く、未だにいい年をして「気分は学生」を標榜する私が昨年8月学連50周年記念式典出席を機にジムカーナを観戦し、残るはダートトライアルと思っていたところ、学連記念誌刊行打ち上げ旅行を兼ねて全関ダートを応援観戦することになり、丸和オートランド那須へと向かった。

2002年 6月 30日 (日)、前日から暗雲が広がり、予報も悪く、雨中の戦い・観戦を覚悟していたが、案に反して、薄雲が全天を覆ってはいるが、時折雲の切れ目から一条二条の陽が差す程で晴れず、降らずの競技する者、観戦する者どちらにとっても絶好のコンディションとなった。

宿舎だった貸別荘を7時過ぎに出発。丸和には8時前に着いた。

「丸和オートランド那須」は想い描いていたものとは違っていた。起伏のある丘陵地帯を整備した、林間ゴルフ場のようなものを想定していたのだが、眼前には平地を 3 m位の深さにえぐり取った、幅 2〜 300m 長さ 1km 程の細長い平坦なコースが広がっていた。道路からは遠く離れた世界で、一般車両の騒音は勿論聞こえず、コース内で調整中のレース車のエンジン音も遮蔽物がなく、すべて天空に吸い取られるようで、奇妙な静寂に覆われていた。

2.慣熟歩行

既に学生達は「慣熟歩行」に入っていた。コースを俯瞰する位置でしばらくその全体像を確認しようと、後輩にあれこれ質問していたが、何はともあれコースを体感すべきだという「お告げ」があり、私も慣熟歩行の仲間入りをすることにした。

コースは石灰質の土のようで白っぽく、晴天続きだと砂塵がひどく、水まきが必要なほどらしいのだが、ここ 2,3日の雨でその気配もなく、所どころに水たまりが散見できるが、それもちょうど良い「お湿り」ということだ。

ひとりでスタート地点より右側のコース上を歩いてゆくと、左側にはおわんを伏せたような格好をした小さな丘があり、「富士山」と呼んでいるらしいのだが、余り良いネーミングとは思わなかった。わが早稲田の近くにも「箱根山」と名付けた小高い丘があり、トレーニングに使わせて貰ったことを思い出したが、その「箱根山」よりずっと小振りな「富士山」には、多少違和感を感じてしまった。

しかしこの「富士山」はレース上では最初の難関で、スタートから急加速して一気に3速から1速へ落とし、R 8 に突入し、スピードを落とさず 360 °回転するということが、どういうことか、経験のない私には実感が湧かないが、腕前の差がはっきり出る所ではある、位の察しはついた。

「富士山」を背にして再び「慣熟歩行」に戻って直線コースを歩き始めると、前方から見慣れたエンジのユニフォーム姿の一団と出会った。大輔(H5)及川 (H7)2OB に率いられて今回選手となった土森 (4年) 土屋 (3年) 西野 (3年) が緊張の面もちで歩いていた。彼等のペース乱すとまずいので特に激励の言葉もかけず、軽く挨拶を交わし擦れ違って、再びコースの端を目指して歩行を始めた。

10分ほど歩くと細長いコースの最先端 (?) へ達したので、土手を一気に駆け上がって、コース全体を見渡そうとしたのだが、何とコースの端はぬかるんでいて、踏み出した右足は踝の辺までずっぽりとはまってしまった。しかもそのままの姿勢で右足を引き抜けば片足だけの被害で済んだのに、まずい、と思って右足を抜こうと左足を右足の横にもっていったのが運のつき、見事両足ともはまってしまった。あわてて土手に手をついて両足を引き抜き、はいつくばってよじ登り何とか土手の上の見学道まで脱出した。みっともない、と周りを見渡せば、幸いなことに人影も見られていた様子も無く、安堵のため息を洩らして足下を見れば、かなりの量の白い泥がしっかりと靴に張り付いていた。靴を脱いで、石ころや草でこそげ落とし、自己申告しなければ見つけられない程度にまで綺麗にして、何事も無かったような顔をして皆のところへ戻った。(レース観戦中、木村監督にほんの話の接ぎ穂のつもりでこの話をしたところ、「それはたいへんでしたね。」というようなリアクションがあると思いきや、「そんな子供みたいなことをやったんですか!」と軽蔑の眼差しを投げつけられてしまった。初志貫徹、何事も無かったフリを貫き通すべきだったと反省した。)

3.レース 前半戦

レースは公式タイムスケジュールどうり 9::20 デモンストレーション走行から始まった。ドライバーは、先ほどコース上で会った大輔 (05) と塩川 (07) 早稲田OBと東海大 OB の 3 名。流石に社会人レースで活躍しているレーサーらしく、素人目にも動きはスムーズで 1 周 2分 13〜 16秒でまとめていた。(学生の優勝タイムは 2分 21秒台)

コースは別掲コース図の通りで、スタートからほぼ直線で「富士山」まで行き、 360 °回転し、再び直線を 400 m程走り、直角のコーナーを 2 回こなして向正面の最長直線コースを推定 100〜 120km のスピードで 600m 程走り二つのヘアピンカーブを回ってゴールへと向かう全長約 2000m 位で、安全上の理由から最深部のコースを使わず、比較的易しいコース設定ということであった。

早稲田チームは 17 番スタートで、西野、土屋、土森の順で午前、午後各 1 回計 2 回走行する。最初の試技は各大学とも手探り状態で、積極的に挑戦するという気迫がもう一つ感じられなかったが「富士山」 360 °回転、正面及び向正面のカーブを抜けて砂塵を舞いあげて一気に加速する躍動感は、ジムカーナとはひと味違った、アナログ的感動を喚起するものだった。

そしてつぎに目を引いたことは、出場校、男子 21 校、女子 3 校のレース車の殆どが「スターレット」 (24 校中 23 校がスターレット) だということだ。理由を監督に聞くと、車重とパワーの釣り合いが最もよく、そして何より安価である、という明快な答弁が返ってきた。納得。

早稲田のレース車は黄色と赤のツートンカラー。今回の他校のレース車はどちらかといえば地味目で、その中にあって早稲田のスターレットは目立つ部類に入るが、色彩感覚の優れた部員がいるとは思えない、というのが正直なところか。閉会式の講評の中でも車が綺麗でないと指摘されていたが、もっともっとカラフルで美しいレース車を見たい。

最初にスタートした西野は、少し気負ったのか、「富士山」にオーバースピードで突入し、スピンして土手に乗り上げ、必死に立て直そうとしたが,かなわずリタイア。早稲田の最初のレースなので全 OB 注視していたが、まさかの出だしに少なからずショックを受けた。それでも他校も 1本目は思いの外タイムが上がっていないので、望みはまだ十分にあった。

2番目の土屋は無難にまとめ、2分25秒55.

3 番スタートの土森は最高学年主将らしく、スタートから果敢に攻め、「富士山」を綺麗にまわり正面、向正面とロス無くフルスピードで突き抜け、後半も失速せずにゴールへ飛び込んだ。タイムは 2分 21秒 77、.午前の部では個人戦 2 位だった。

午前の部を終わって早稲田は 1 人失格で団体戦の順位がつかなかったが、2本目の西野が完走出来れば、他校との比較で上位入賞出来ると見た。

4.昼休みから後半戦へ

昼休みはいつものように焼き肉&ビヤパーティ。岡島君持ち込みのバーベキューセットを取り囲み、あれこれ冗談を飛ばし、軽口をたたき合いながらの光景はいつもながらの見慣れたものだが、自動車部で活動した、という共通項を持った者同士が年代を超えて分かち合える、至福のひとときで、この楽しみがあってこそ観戦の意欲も倍増するというものだ。

午後に入ってからも相変わらずの降りもせず、晴れもせずでコースもアルコールのはいった観戦者も上々のコンディションで後半戦を迎えた。コースにも慣れたのか、各校とも1本目よりも良いタイムで走り抜けていった。

1本目でリタイアした平野は 2本目に早稲田の命運がかかっていることは承知していて、かなりのプレッシャーを感じていたと思われたので、彼がスタートして「富士山」を無事に回って OB 達が陣取っている前の直線コースを駆け抜けていった瞬間、一様に安堵の歓声が漏れて来た。タイムは 2分 2 3秒 60 だった。

2番手の土屋の走りは安定していて、1本目と同じ25秒台で完走した。

次は主将土森だ。西野が完走して団体戦失格という危機は脱したが、順位を 1 つでも上げるためにも、個人戦の優勝を狙う彼の走りに注目した。

スタートから「富士山」、我々眼前の直線までは素晴らしい走りを見せ、いける、と思った瞬間、左カーブを曲がり切れず、インペクのいる方向に乗り上げ、あえなくリタイア。「アー」というため息とともに何とも言えぬ雰囲気が応援団に漂っていた。それでも順位としては後続の大学の結果次第ではかなり良いところへ食い込めるという感触があったので、残る慶応、法政の走りに目を移した。

結果は団体戦 2 位、個人戦も 2 位。優勝校は,いい走りをしている、とは思っていたが、1 番スタートで余り注目していなかった千葉工業大学だった。

5.閉 会

天候にも恵まれ、横転等による中断はあったものの大きなトラブルも無く、タイムスケジュールより早くレースは終わった。

1日丸和にいて感じたことは、土の匂いの新鮮さだ。昨年 8月鈴鹿サーキットでジムカーナを見た。スピードを競うという点においては鈴鹿のような舗装されたコースを走行する方がよいのだろうが、たまたま隣接している本コースで同時に開催されていた一般レースを見てしまうと、スピード感の違いは明らかで、スピードを追い求めるモータースポーツと学生のするスポーツとのギャップを何となく感じていた。

丸和の土の匂いは、軽井沢のそれを思い起こさせた。その土質はかなり違うように思うが、踏めば足裏に感じた弾力は、心地よく、かつて(もう 35年以上も前のことになってしまうのだが)フィギュアの練習の場として慣れ親しんでいた軽井沢のグランドの感触と似ている。この土の匂いこそ学生モータースポーツに似つかわしい。スピードのMAXは物足りなくとも、技術が稚拙であっても、砂塵を舞上げて疾駆するスターレットに象徴されるように、土の上のレースは学生達の夢がそこに感じられてとても素敵だった。

丸和を初めて眺めた位置から、スタート地点の横に設けられた表彰台の 2 位の位置に土森が上がり、表彰を受けるのを眺めながら、又来てもいいかな、と感じた。

全日本選手権は10月に広島で行われる。


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Last-modified: 2005-04-26 (火) 22:37:34 (4442d)